忍者ブログ
HOME   »     »  議員であること:被災県議選/上 去る者、首長転身図る者 自ら痛手受け決断 /宮城 未選択  »  議員であること:被災県議選/上 去る者、首長転身図る者 自ら痛手受け決断 /宮城
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
2025 .07.12
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

議員であること:被災県議選/上 去る者、首長転身図る者 自ら痛手受け決断 /宮城



 「一番いいのは先生の敷地なんですが……」。南三陸町で10月上旬、携帯電話の臨時電波塔を建てる場所を探していた業者は、高橋長偉(ちょうい)県議(70)=自民党・5期=に打診した。自身が経営する時計部品製造工場近くに建設された仮設住宅の入居者から「電波状況が悪く携帯がつながりにくい」と相談され、町に掛け合っていた最中だった。結局、2社の電波塔を建てるために工場敷地を提供した。

 震災直後、工場内で住民約190人が2晩をしのいだ。「父ちゃんが死んだ」。自宅を流された高橋氏は避難所で住民の話にただただ耳を傾けた。停電した冷凍庫内の魚の処分を業者から相談された際は、フェンスを使って「網焼き」にするアイデアを出し、被災者に振る舞った。

 「住民から頼りにされている実感はある」が県議選に立候補はせず引退を決めた。「何でやめるのか、と支持者から言われた」と顔を曇らせるが、津波で後援会幹部約40人のうち5人が犠牲になり、事務所や支持者名簿などを流されたショックは癒えない。「住む場所や仕事を確保するめどが立たない住民の心情を思えば、選挙に時間を取らせるのは忍びない」

 それでも政府による復興財源がいまだに定まらないことには焦りを募らせる。「確保できずに時間がたてば、被災地は忘れ去られる」。震災発生から半年の9月11日に気仙沼市で営まれた合同慰霊祭では、同席した政府の宮城現地対策本部長の郡和子民主党衆院議員(54)に「財源の確保、この一言に尽きる」と直談判した。議長も務めたベテラン県議の言葉に、郡氏は「分かっています」と丁寧に応じた。

 県議から女川町長選に立候補する決意を固めたのは須田善明県議(39)。「県議は『中二階』だが、2階の国にも1階の地元自治体にも意見を自由に言える」。県議のポジションを自己分析した後、町長への転身を「意見を言う側から実行する側」と位置付ける。

 父親は99年に亡くなるまで町長を務めた。後援会幹部らから「お前が出るならまとまる」と強く推され、転身を決断した。現職の安住宣孝町長(66)は、須田県議の動きを受けて「政治的な混乱を避けたい」として立候補しない方針で、無投票当選の公算が大きい。

 須田氏の自宅は津波で流され、6日に仮設住宅に入る予定だ。町は壊滅的な被害を受け、町議4人が死亡・行方不明になった。町長に選出されれば、行政機能の復旧に加え、住宅の高台移転など山積する課題に直面するが「20年後に責任世代になる自分が復興の先頭に立たないといけない」。須田氏は自らに言い聞かせるように語った。



11月3日朝刊





(この記事は宮城(毎日新聞)から引用させて頂きました)









PR
Comment
Trackback
Trackback URL

Comment form
Title
Color & Icon Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字  
Comment
Name
Mail
URL
Password
カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリー
最新コメント
[05/17 Backlinks]
最新トラックバック
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
カウンター

Page Top
CALENDaR 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31