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2024 .03.29
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地球温暖化の科学と政治経済 5/5











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栃木・佐野市 関東五社稲荷「一瓶塚稲荷神社」に迫る



 【連れづれとちぎ~ふるさと歴史探訪】



 栃木県佐野市の唐沢城跡から西に2キロほど、同市田沼町(旧田沼町)にある一瓶塚稲荷(いっぺいつかいなり)神社に向かった。



 O先生が参考資料として届けてくれた『下野国誌』(江戸末期に編纂(へんさん))に、この神社は「田沼稲荷明神」と記されていた。毎年2月の初午(はつうま)には大勢の人々が参拝し、「当国第一の午祭なり」とあった。祭りの日は近郷の家々で栃木の郷土料理の「しもつかれ」が作られ、わらに入れて神社に奉納したこともつづられていた。



 神社に向かう車中で、そんな神社の話をしたら、O先生は「江戸時代は県南でも、しもつかれが郷土料理として定着していたようですね」と話し、「それにしても、何で稲荷にしもつかれなんでしょうか?油揚げじゃなくて」と首をひねった。



 一瓶塚稲荷神社の由来については複数の説がある。その一つは、平家一門が滅亡した壇ノ浦の合戦の翌年の文治2年(1186年)に佐野荘司(荘園を管理する役人)になった足利成俊(しげとし)が唐沢山南麓の富士村(現佐野市富士町)にあった稲荷大明神を現在の地に移したのが始まりとされる説。その際に人々が瓶に土を入れて運び、塚を築いたので「一瓶塚」と呼び、神社の名になったと伝えられる。



 成俊は唐沢山への築城に力を入れ、遷宮(せんぐう)は城の鬼門守護のためともされる。前回の「唐沢山城跡編」でも触れたが、成俊は佐野氏を初めて名乗った基綱(もとつな)の先代城主で、おじにあたる。



     ◇



 《ちなみに、この頃の佐野(佐野荘)は、旧田沼町と旧葛生町(いずれも現佐野市)、それに岩舟町の一部をさした。中でも田沼は吉水地区に唐沢山入城前の佐野氏の居城、清水城が築かれ、政治、軍事、文化の中心だったという。佐野市の中心部は「天明(てんみょう)」と呼ばれていて、城下として整備されるのは江戸時代に入ってからだ》



     ◇



 話は戻るが、成俊は遷宮に伴い社領を寄進、一瓶塚稲荷神社は佐野荘の百数十郷の総社として信仰を集めた。江戸時代には徳川5代将軍・綱吉が館林城(群馬県館林市)の城主のころ、毎年代参を遣わすなど崇敬していたことでも知られる。



 朱の鳥居をくぐり参道に足を踏み入れると、静かで心が清められるような厳粛さとともに、唐沢山城跡にも似た中世の香りがわずかながら感じられた。



 参拝した後、江戸時代に建立されたという拝殿や本殿を回ると、幾つもの彫刻が施されていた。昇り龍、降り龍、水鳥、白ギツネ、唐子…。「どれも見事ですね」と、O先生も目を見張った。



 現在の宮司は安蘇谷(あそや)正彦さん(71)。前国学院大学長で、いまは同大の名誉教授だ。「安蘇谷」という姓は田沼地域にしかみられない珍しいもので、昔は社寺を管理する半僧半俗の「社僧」という家柄だったという。安蘇谷家が一瓶塚稲荷神社の宮司となったのは明治の初めからで、初代宮司の主馬は国学者、平田篤胤(あつたね)の没後の門人だったと伝えられる。



 安蘇谷さんによると、神社の自慢の一つは朱の鳥居に続く「銅製鳥居」。昭和20年8月、太平洋戦争の終戦直前に国の重要美術品に認定され、戦争への供出を免れたという。



 この鳥居は、江戸時代の延享3年(1746年)、天明釜(天明鋳物)で知られた天明金屋町(佐野市)の鋳物師、丸山善太郎毎昭(つねあき)らの作と伝えられる。



 左右の柱には240人を超える寄進者の名が刻印され、佐野豊前守(ぶぜんのかみ)や榊原安芸守(あきのかみ)など田沼ゆかりの旗本らの名も目にすることができた。



 また、『下野国誌』に記されていた「午祭」はいまも「田沼初午祭」として続いている。かつては稲荷神社として最も古い京都・伏見稲荷大社が鎮座した旧暦の2月初めの初午に合わせて開かれていたが、いまは3月初めの初午に日程を変更。今年も9~11日にかけて開催された。



 「昔もいまも県内一の初午祭。最も田沼が華やぐ祭りです」と安蘇谷さん。「春の訪れを告げる祭り」ともいい、初午祭を境に佐野地方は一気に春に彩られていく。



 それにしても、初午祭としもつかれ。その結びつきを解くカギは見つからなかった。O先生が『下野国誌』の中に書かれていた言葉をふとつぶやいた。「スムツカリ(しもつかれ)…。稲荷神社へささぐるはいかなるゆえか他国にはさらにききおよばぬことなりかし」と。(伊沢利幸)





(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)









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